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2005/05/20

別れは出会いの始まりだから

さよならは云わないぜ、俺の愛機

エヌエーシックス
名実とともに世界の自動車業界に衝撃を与えた車。
こいつは平成2年生まれの15歳。NA6のマイナー前。

そろそろこいつともお別れの時が刻々と近づいてきているようだ。
そんな事で非常に寂しい今日この頃なんだが、まぁ嫁ぎ先は俺の目の届くところだし、とてもナイスな伯父様、シルバーヘッドさんの所なので少し安心してる。
この伯父様と共にこれからまた新たなページが刻みこまれていくのだろう。

さかのぼる事2002年、こいつは俺のところに突如現れ、面倒を見てくれと。
背中を流しますと言ってやって来た・・・の?
元色はマリナーブルー。
そいつを即効黄色にオールペン。
N-0仕様にモディファイする。
最初っからN-0に出場するために作り上げた。

この年は2度ほどサーキットに出向く。

日光サーキット:   45秒0

筑波サーキット:1分09秒9

<詳しい人はもう御解りになるだろうがこの時点で相当ポテンシャルのある車だと気付く。>

2003年は奇しくも富士スピードウェイ90年代最期のコース。
準備も整い、最期の旧コースでこの1年勉強させてもらい、そして数々の賞、2代目NA6クラスのシリーズチャンピオン、そしてMVPも頂けた。

だが、何と言っても1番の財産は人間関係を広げさせてもらった事かな。
これが参加して一番良かったな~と思う事だった。人は情けの下でたつ。
そして、通勤や走行会など運転する楽しさや、運転する基本操作なども改めて教えてくれたりもした。

2004年には数人のドライバーに貸し出しし、東日本シリーズにスポット参戦。大市民さんの思い出の1コーナーや、クリーンなヤクザなレース<どういうレースよ?笑>、NR-Aのドライバーが叩き出した筑波コースレコード<公認 10秒2>。とってもナイスでグレートな奴ら。それにマシンもサラブレッド。おまけに、なんちゃって監督な私もまるで馬主になったような気分でもあった。

この暮れの筑波決戦では、またまた9秒台に突入も出来た。エンジンノーマルの触媒付きラジアルでは中々高いハードルだと思う。
ま、時代が進めばタイムも短縮されるのでしょうが・・・兎に角未だ12万キロ、一度もオーバーホールしていないという恐ろしいエンジンなのだ。^^;

そして今年2005年。ついにこのNA6は僕の元から巣立って行く事が決まった。
新たにキーを手にしたシルバーヘッドさんのご提案で、M2-1001と同じ色に再度オールペンし、新しい富士を今年駆け抜ける。「走り馬にも鞭」この気持ちで僕らも頑張らなければ。
2005年5月現在、富士もリニューアルされ、すでにGTマシンと合同練習も行い、(笑 シルバーヘッドさんも探りながらなのだが、タイムも徐々に上がって来ている。

ま、今は習うより慣れよ!ですかね (^。^)皆さん、見かけたら声かけてあげてくださいね!! 最後まで手放すのは悩みに悩んだ。が、シルバーヘッドさんの熱い気持ちに心揺るがされ、そしてシルバーヘッドさんの夢がこれで叶うのならという事もあってね、キーを渡した訳だね。

だけど今想えばこのNA6CE、本当に最高でした。
所有期間、たったの3年でしたが、俺にとって通算7台目のNA。
ホント、思い出に残る1台でしたね。

で、最後に!
こいつの車体番号なんですけどね、
NA6CE-132239 <いさじにサンキュー>
これホントなのよ、まじめに (~_~;)
ビックリでしょ?

こっちこそ!サンキューっ!って言いたいよね~


新生N-0号、富士山をバックに堂々の雄姿(オーナー撮影)。

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